実際にあった話。 
 

京都に住んでいた頃、私は大通りから少し離れた小路に面したマンションに下宿していた。 


その小路は本当に暗い。 


街灯があるにはあるが、それでも暗い。 


特に夜は、人通りなどあったものでもない。京都にはこんな小路、いくらでもあるのだが。 


ある日の夜午前零時をまわった頃、寝ようとした私は、外で変な音がするのに気づいた。 


 「キィーーーーー」 

 「キィーーーーー」 


だんだんと近づいてくる。 


そのときの私の下宿は、二階にあった。ベランダからは、その小路が見える。 


しかし、こわくて見れない。 

私は部屋の明かりを消し、外からこちらが分からないようにした。

もっとも、下の小路から二階のこちらはあまり分からないだろうが、
とにかく私は「気付かれない」ようにしたかった。 


どんどん近づいてくるそれは、どうやら「人の声」であるように思えてきた。しかも、走っている。 


私は、怖くなくなった。それが人だと分かったからだ。しかし、どんな人なのだろう? 


私は、近くにサナトリウムがあるという話を聞いたことがあった。

徒歩では少し遠いが、そこからもしかしたら逃げてきた人なのではないか? 


とりあえず、耳を澄ましてみた。 


何も聞こえなくなった。 


しばらく待った。 


すると、うちのマンションの一階玄関付近からすすり泣く声と男の声が聞こえてくる。 

(このマンションには吹き抜けがあり、一階の音はよく聞こえる) 


ひそひそと話し合うような声。女の泣き声。 


なんだ、痴話げんかか・・・。 


一気に興奮も冷め、私は眠りにつこうとベッドに入った。 


それからしばらくして。 


ベランダの窓から、強烈な光。断続的にフラッシュ。 


たまに混じる赤い光。 


さすがに、私はベランダから階下を覗いた。 


パトカー。 


翌日、マンションの掲示板には、通り魔事件発生につき注意されたし、というような文面が。 


確かに、マンションの前の道には、ところどころ白線で囲った血の跡が。 


後で聞いた話だが、どうやら女の人は、通り魔のナイフを手のひらで受け、難を逃れたらしい。 


そして、マンションの前の民家の男に助けを求めた、ということだ。 


つまり、私の聞いた話し声は、その時のものだったのだ。 


しかし、人間、いざというときは人とは思えない声を出すものだなー、と思った。 


逆に恐怖で身をすくませていた自分は、その女の助けに気付くこともなかったのだ・・・ 


複雑な気持ちだが、とりあえずその女が生きていてくれて本当によかったと思った。