異様に背が高く、ゴツい。2m近くはあるだろうか。

父と同じテンガロンハットの様な帽子をかぶり、

スーツと言う異様な出で立ちだ。

帽子を目深に被っており、表情が一切見えない。

焚き火に浮かび上がった、キャンピングカーのフロントに描かれた十字架も、

何か不気味だった。

ミッ○ーマ○スのマーチ、の口笛を吹きながら、

男は大型のナイフで何かを解体していた。

毛に覆われた足から見ると、どうやら動物の様だった。

イノシシか、野犬か…どっちにしろ、そんなモノを食わさせるのは御免だった。

俺達は逃げ出す算段をしていたが、予想外の大男の出現、大型のナイフを見て、

萎縮してしまった。

「さぁさ、席に着こうか!」

と父。大男がナイフを置き、

傍でグツグツ煮えている鍋に味付けをしている様子だった。

「あの、しょんべんしてきます」

とカズヤ。

「逃げよう」と言う事だろう。

俺も行く事にした。

「早くね~」と母。

俺達はキャンピングカーの横を通り、

森に入って逃げようとしたその時、

キャンピングカーの後部の窓に、異様におでこが突出し、

両目の位置が異様に低く、

両手もパンパンに膨れ上がった容姿をしたモノが、

バン!と顔と両手を貼り付けて叫んだ。

「マ ー マ ! ! 」

もはや限界だった。

俺達は脱兎の如く森へと逃げ込んだ。

後方で、父と母が何か叫んでいたが、気にする余裕などなかった。

「ヤバイヤバイヤバイ」

とカズヤは呟きながら森の中を走っている。

お互い、何度も転んだ。

とにかく下って県道に出よう、と小さなペンライト片手に

がむしゃらに森を下へ下へと走っていった。

考えが甘かった。

小川のあった広場からも、町の明かりは近くに見えた気がしたのだが、

1時間ほど激走しても、一向に明かりが見えてこない。

完全に道に迷ったのだ。

心臓と手足が根をあげ、俺達はその場にへたり込んだ。

「あのホラー一家、追ってくると思うか?」とカズヤ。

「俺達を食うわけでもなしに、そこは追ってこないだろ。

映画じゃあるまいし。

 ただの少しおかしい変人一家だろう。

最後に見たヤツは、

 ちょっとチビりそうになったけど…」

「荷物…どうするか」

「幸い、金と携帯は身につけてたしな…服は、残念だけど諦めるか」

「マジハンパねぇw」

「はははw」

俺達は精神も極限状態にあったのか、なぜかおかしさがこみ上げてきた。

ひとしきり爆笑した後、森独特のむせ返る様な濃い匂いと、

周囲が一切見えない暗闇に、現実に戻された。

変態一家から逃げたのは良いが、ここで遭難しては話にならない。

樹海じゃあるまいし、まず遭難はしないだろうが、万が一の事も頭に思い浮かんだ。

「朝まで待った方が良くないか?さっきのババァじゃないけど、

熊まではいかなくとも、野犬とかいたらな…」

俺は一刻も早く下りたかったが、真っ暗闇の中をがむしゃらに進んで、

さっきの川原に戻っても恐ろしいので、

腰を下ろせそうな倒れた古木に座り、休憩する事にした。

一時はお互いあーだこーだと喋っていたが、

極端なストレスと疲労の為か、お互いにうつらうつらと意識が飛ぶようになってきた。

ハッ、と目が覚めた。

反射的に携帯を見る。

午前4時。

辺りはうっすらと明るくなって来ている。

横を見ると、カズヤがいない。

一瞬パニックになったら、俺の真後ろにカズヤは立っていた。

「何やってるんだ?」と聞く。

「起きたか…聞こえないか?」

と、木の棒を持って何かを警戒している様子だった。

「何が…」

「シッ」

かすかに遠くの方で音が聞こえた。

口笛だった。

ミ ッ ○ ー マ ○ ス の マ ー チ の 。

CDにも吹き込んでも良いくらいの、良く通る美音だ。

しかし、俺達にとっては恐怖の音以外の何物でもなかった。

「あの大男の…」

「だよな」

「探してるんだよ、俺らを!!」

再び、俺たちは猛ダッシュで森の中へと駆け始めた。

辺りがやや明るくなったせいか、以前よりは周囲が良く見える。

躓いて転ぶ心配が減ったせいか、かなりの猛スピードで走った。

20分くらい走っただろうか。

少し開けた場所に出た。今は使われていない駐車場の様だった。

街の景色が、木々越しにうっすらと見える。大分下ってこれたのだろうか。

腹が痛い、とカズヤが言い出した。

我慢が出来ないらしい。

古びた駐車場の隅に、古びたトイレがあった。

俺も多少もよおしてはいたのだが、大男がいつ追いついてくるかもしれないのに、

個室に入る気にはなれなかった。

俺がトイレの外で目を光らせている隙に、カズヤが個室で用を足し始めた。

「紙はあるけどよ~ ガピガピで、蚊とか張り付いてるよ…

うぇっ 無いよりマシだけどよ~」

カズヤは文句を垂れながら糞も垂れ始めた。

「なぁ…誰か泣いてるよな?」

と個室の中から大声でカズヤが言い出した。

「は?」

「いや、隣の女子トイレだと思うんだが…女の子が泣いてねぇか?」

カズヤに言われて初めて気がつき、聴こえた。

確かに女子トイレの中から女の泣き声がする…

カズヤも俺も黙り込んだ。誰かが女子トイレに入っているのか?

何故、泣いているのか?

「なぁ…お前確認してくれよ。段々泣き声酷くなってるだろ…」

正直、気味が悪かった。

しかし、こんな山奥で女の子が寂れたトイレの個室で1人、

泣いているのであれば、何か大事があったに違いない。

俺は意を決して、

女子トイレに入り、泣き声のする個室に向かい声をかけた。

「すみません…どうかしましたか?」

返事はなく、まだ泣き声だけが聴こえる。

「体調でも悪いんですか、すみません、大丈夫ですか」

泣き声が激しくなるばかりで、一向にこちらの問いかけに返事が帰ってこない。

その時、駐車場の上に続く道から、車の音がした。

「出 ろ ! ! 」

俺は確信とも言える嫌な予感に襲われ、

女子トイレを飛び出し、カズヤの個室のドアを叩いた。

「何だよ!?」

「車の音がする、万が一の事もあるから早く出ろ!!」

「わ、分かった!」

数秒経って、青ざめた顔でカズヤがジーンズを履きながら出てきた。

と、同時に駐車場に下ってくるキャンピングカーが見えた。

「最悪だ…」

今森を下る方に飛び出たら、確実にあの変態一家の視界に入る。

選択肢は、唯一死角になっている、トイレの裏側に隠れる事しかなかった。

女の子を気遣っている余裕は消え、俺達はトイレを出て、

裏側で息を殺してジッとしていた。

頼む、止まるなよ、そのまま行けよ、そのまま…

「オイオイオイオイオイ、見つかったのか?」

カズヤが早口で呟いた。

キャンピングカーのエンジン音が、駐車場で止まったのだ。

ドアを開ける音が聞こえ、トイレに向かって来る足音が聴こえ始めた。

このトイレの裏側はすぐ5m程の崖になっており、足場は俺達が立つのがやっとだった。

よほど何かがなければ、裏側まで見に来る事はないはずだ。

もし俺達に気づいて近いづいて来ているのであれば、

最悪の場合、崖を飛び降りる覚悟だった。

飛び降りても怪我はしない程度の崖であり、やれない事はない。

用を足しに来ただけであってくれ、頼む…俺達は祈るしかなかった。

しかし、一向に女の子の泣き声が止まらない。

あの子が変態一家にどうにかされるのではないか?

それが気が気でならなかった。

男子トイレに誰かが入ってきた。声の様子からすると、父だ。

「やぁ、気持ちが良いな。ハ~レルヤ!!ハ~レルヤ!!」と、

どうやら小の方をしている様子だった。

その後すぐに、個室に入る音と足音が複数聞こえた。

双子のオッサンだろうか。

最早、女の子の存在は完全にバレているはずだった。

女子トイレに入った母の「紙が無い!」と言う声も聴こえた。

女の子はまだ泣きじゃくっている。

やがて、父も双子のオッサン達(恐らく)も、トイレを出て行った様子だった。

おかしい。女の子に対しての変態一家の対応が無い。

やがて、母も出て行って、変態一家の話し声が遠くになっていった。

気づかないわけがない。現に女の子はまだ泣きじゃくっているのだ。

俺とカズヤが怪訝な顔をしていると、父の声が聞こえた。

「~を待つ、もうすぐ来るから」と言っていた。

何を待つ、のかは聞き取れなかった。

どうやら双子のオッサンたちが、グズッている様子だった。

やがて平手打ちの様な男が聴こえ、恐らく、双子のオッサンの泣き声が聴こえてきた。

悪夢だった。楽しかったはずのヒッチハイクの旅が、なぜこんな事に…

今まではあまりの突飛な展開に怯えるだけだったが、

急にあの変態一家に対して怒りがこみ上げて来た。

「あのキャンピングカーをブンどって、山を降りる手もあるな。

あのジジィどもをブン殴ってでも。

 大男がいない今がチャンスじゃないのか?

待ってるって、大男の事じゃないのか?」

カズヤが小声で言った。

しかし、俺は向こうが俺達に気がついてない以上、

このまま隠れて、奴らが通り過ぎるのを待つほうが得策に思えた。

女の子の事も気になる。

奴らが去ったら、ドアを開けてでも確かめるつもりだった。

その旨をカズヤに伝えると、しぶしぶ頷いた。

それから15分程経った時。

「~ちゃん来たよ~!(聞き取れない)」母の声がした。

待っていた主が駐車場に到着したらしい。

何やら談笑している声が聞こえるが、良く聞き取れない。

再び、トイレに向かってくる足音が聴こえて来た。