確かあれは夏休みだったと思う。


いつもの遊び友達が田舎にでも行ったのだろう。


遊び相手が居なかった私は、

一人で自転車を乗り回して遊んでいた。


ある日の夕方、

自転車のタイヤがパンクして

私は問題の祠のある坂道を

トボトボ自転車を押しながら歩いていた。


そして、祠の前に差し掛かったとき、

怖くて祠から目を逸らしていたのだけれど、

外した視界の片隅で、祠の中で何かが光ったのを見たんだ。


その瞬間、背中にゾクゾクするような悪寒を感じて、

私はパンクした自転車に飛び乗って

全速力でその場から逃げ出した。


家に帰って夕飯を摂って

寝る時間になったのだけれど、

怖くて一人では眠れない。


その晩は両親の部屋で寝ることにした。


両親と一緒に寝ていたら恐怖心も紛れてきて、

前々から気になっていたし、

光の正体が何なのか知りたいという好奇心も出てきて、

私は昼間の明るい時間に祠を見に行こうと決めた。


次の日は物凄く暑い日だったのを覚えている。


家で昼食をとった後、私は歩いて祠に向かった。


真夏の炎天下なのに妙に冷たくて嫌な汗をかいていて、

その嫌な感じは祠に近づくにつれて強くなって行った。


20分ほど歩くと、祠に到着した。


恐る恐る祠の中を見ると大きめの地蔵が一体。


気味の悪い事にその地蔵の両眼は

ペンキか何かで赤く塗られていた。


地蔵の足元には、

仏壇の中に置く観音開きの黒い漆塗りの箱が合った。


箱の片側は火事にでも遭ったのか焼け焦げていた。


はっきり言って、

目を赤く塗られた地蔵よりも

その箱の方が気持ち悪かった。


今でも自分には霊感などないと思うが、

それでもその祠の薄気味悪さ、

「妖気」の本体はその箱だと判った。


私は完全にビビリまくっていたが、

何故かその箱を開けようと思った。


理性では


「ヤバイ、怖い、ダメだ」


と思っているのに、

私の手はその箱を開けてしまった…


箱の内側は金箔が貼られていて、

中には10cmくらいの金属製の真っ黒な仏像が入っていた。


そしてあろうことか、

私は箱からその仏像を取り出した。


仏像はその大きさからは

想像できないくらいにズシッと重くて、

氷のように冷たかった…


そして、何故そんなことをしたのか未だに判らないけれども、

私はその仏像をズボンのポケットに入れて

家に持って帰ってしまった。


家に帰った私は激しく後悔した。


仏像が怖いし、気持ち悪いし、

何より私の行為は盗みではないか!


返しに行かなくちゃ!


確かに頭ではそう思っていた。


しかし、結局私は仏像を祠には戻さなかった。


だが、手元に置くには怖いし、

気持ち悪かった。


私は仏像を新聞紙に包んでゴミ箱に捨てた。


それから何年か経って、

私は中学生になっていた。


仏像の事なんてすっかり忘れていた。


しかし、あれはまた現れた。


その日、私が学校から帰ると

母が私の部屋を掃除してあった。


そして、机の上を見ると、なんと…


そこには綺麗に重ねられた秘蔵のエロ本と

あの仏像が置いてあったのだ!


私は仏像について母を問い詰めた。


この際エロ本はどうでもいい。


あの仏像はどうしたのだと。


母の話だと部屋の隅に落ちていたという。


そして


「これは阿弥陀如来ね。**の守り本尊よ。

こういうものは粗末に扱っちゃだめよ」


とも言った。


阿弥陀如来像はただならぬ妖気を放っていた。


これはヤバイ!


捨てることも、

他の部屋に移すことも出来ない。


私が家から出る事も、

他の部屋に移る事も適わない。


どうしよう!


そのとき、何でそのような事を思いついたのか、

何でそんなことをしたのか、

何の意味があるのか判らないけれども、

私は針箱から紫色の刺繍糸を取り出して

仏像の頭の出っ張りに結びつけた。


すると嘘のように仏像の「妖気」は消えた。


私は仏像を箪笥の上に置くと

崩れ落ちるように布団に横たわった。


眠い…


翌朝、登校の時間になっても起きてこない私を起こしに来た母が

高熱を出してひっくり返っている私を発見した。


私は40度の熱を出していた。


寒い、苦しい、目が回る…


激しい吐き気で体は水さえも受け付けない。


次から次へと幻覚や幻聴を感じる…


…ああ、俺、死んじゃうのかな?


その時、確かに私はその声を聞いた。


「まだ死なないよ。今はね…」


気が付くと私は

天井から自分の部屋全体を見下ろしていた。


家具の配置や部屋にあるものは微妙に違っている。


見知らぬ男が机に向かって何かしている。


短髪で背中が広い、

黒いスウェット?を着た知らない男…


ああ、コイツは俺だ!


その時、その「男」がこちらに顔を向けた。


私は恐怖から手で顔を隠そうとした。


その拍子に私は

腕に何かを引っ掛けて落としてしまう感覚と共に

「意識」を失った。


三日後、私は目を覚ました。


目を覚ました時、

最初に私は恐る恐る箪笥の上に視線を向けた。


しかし、そこにはあの阿弥陀如来像はなかった。


それから10数年いろいろなことがあった。


私は3度ほど命を落としてもおかしくない大事故に遭遇し、

多少の怪我はしたが五体満足で生き延びてきた。


軽自動車でトレーラーの多重事故に巻き込まれたときも、

バイクで160km/h以上のスピードでクラッシュしたときも、

建築現場での事故に巻き込まれたときにも、

スローモーション映像の中で


「まだ死なないよ」


という声を聞いたような気がする。


そして、昨年末…


忘年会から帰った私は残務を片付けるべく

パソコンを立ち上げて作業をしていた。


家人が皆寝静まった深夜、

何か異常な気配を感じる。


そう、すぐ後から誰かに覗かれているような気配。


誰かに見られている?


全身にぞわっと鳥肌が立つ。


猛烈な寒気と耳鳴り。


ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ…


その時、背後でゴトッと高い位置から

床へと何かが落ちる音がした。


私は恐る恐る音のした床の方を見た。


そこには、紫の紐を頭につけた

真っ黒な仏像が落ちていた。


そう、消えた「あの」阿弥陀如来像…


阿弥陀如来像を拾い上げた瞬間、

私の脳裏にフラッシュバックしてきた光景、

そうそれは、小学校時代に祠からあの仏像を持ってきた光景、

そして、中学校時代に高熱にうなされながら見たあの光景。


そして、頭上に気配を感じて私が見上げると、

箪笥の上に確かに見た。


中学生くらいの子供の顔を…


目の部分は黒い影に覆われて見えなかったが、

確かにあれは私の顔だった!


その顔を見た瞬間私は意識を失った。


私はまた40度近い熱を出して寝込んでしまった。


周りはインフルエンザだ

ノロ・ウイルスだと騒いでいたが、

倒れて5日ほどで私はどうにか回復した。


熱にうなされている間に様々な幻覚や幻聴を感じた。


その中で脳裏にこびりついてはなれない夢がある。


スーツ姿の男が二人の男に捕らえられ、

腹を刺されて血の海に崩れ落ちる。


男の手には何か黒いものが握られている。


息絶える男と私の目が合った瞬間、

私の記憶は途切れ私は目を覚ました。


あの男、私より幾分年上で髭を伸ばしていたけれども、

あれは私ではなかったか?


あの時、確かにあの声を聞いたような気がする「」と