友人から聞いた話である。


この友人の名を仮に瀬倉とする。


瀬倉が中学校の頃のこと。


瀬倉には川中という友人が居た。


この川中とは中学校に入ってからの友人だったのだが、

気が合うことも多く、いつしか親友と言える仲になっていた。


ある日川中は瀬倉の家に遊びに来た時、瀬倉の弟妹を見て、


「いいなあ。俺も下の兄弟欲しいけど、できないからなあ」


そう漏らした。


「できない?」


「できないって言うか、つくれないって言うか……。

変な話なんだけど、家の決まりなんだよ。

お前になら話してもいいか……」


瀬倉は両親の体質のことか何かだろうと思ったが、

そうではなかった。


川中は、自分の家のことを話し始めた。


瀬倉も承知のことだが、

川中の家は市内ではわりと古い家、

いわゆる名家旧家の類に属した。


昔ながらの土地持ちで、

戦後の農地改革で少し没落したが、

それでも代々栄えた家だった。


「……俺のじいちゃんの話なんだけどさ、

俺の家が昔から金持ちで居られたのは、

守り神様のおかげだって言うんだよ」


川中家には、富をもたらす神様が降りてくる。


それが昔から川中の家には伝えられていた。


どんな姿でやってくるかと言うと、

何人か生まれる子の中に宿って降りて来るらしい。


その神を宿した子供はすぐにわかる。


いわゆる精神薄弱児なのである。


必ず一代に一人、生まれてきた者の中に、

ただ奇声を発して歩き回るしか出来ない子がいたという。


その子供は屋敷の奥の部屋にひっそりと住まわされ、

普段は外に出されることはなかった。


しかし、神を宿した子供ということで大切に扱われ、

戦中の食料に困ったときも、

その子供にだけはきちんとした食事を摂らせていたらしい。


「実際、何年か前に死んだ俺の叔父さんも、

知的障害だったんだけどさ……」


川中はどこか不満気に話を続けた。


「それで、父ちゃんも母ちゃんも、

俺の次に生まれてくる子がそういう子だったら可哀想だから、

子供をつくるのはやめておこうって。

馬鹿だろ?

神様とかそんなの、単なる偶然だろうに。

つうか、じいちゃんの作り話だろ、どう考えても」


「お前のじいちゃんは、父ちゃんとかに何て言ってるの?」


「守り神様がいなくなったから子供をつくれって、

ちょっと前まで言ってたよ。

でも父ちゃんと母ちゃんが説き伏せた。

守り神様がどうってのはともかく、

俺はじいちゃんに賛成だったのにな。

俺も兄弟欲しいよ……」


川中はその日、

瀬倉の弟妹を交えて遊び、

帰っていった。


それから数ヶ月後、

冬のある日、川中が死んだ。


死因は心臓麻痺。


見ていた人によると、

朝の通学中突然ふらりと倒れ、

そのまま動かなくなってしまったという。


瀬倉は親友の死に泣きに泣いた。


二年、三年と時が過ぎ、

瀬倉も高校に進んで

、親友を失った悲しみも癒えた頃、

川中家の話が耳に入ってきた。


川中家は、後継ぎの突然の死に、

やむにやまれず新しく子供を作ることにした。


川中が死んで一年後には、

川中の妹にあたる子供が生まれていたのだが、

その子がどうやら精神薄弱児であることがわかった。


後継ぎのために

さらに一人子供を作るであろうという話だった。


瀬倉は大学進学のために実家を離れてしまったので、

その後生まれた子がどんな子か見ることはなかったが、

親に聞くことができた。


「弟の方は、外に出て遊んだりしてるらしい。弟の方だけな」


可愛い男の子が生まれ、

最近は公園で遊んだりと、

すくすく育っているという。


「俺、何回かだけど、川中の家に行ったことがあるんだ。

……古い家の、独特の雰囲気がある家だった。

奥の方までずっと続いてて、

昼なのに薄暗くて見通せなくてさ……

ちょっと不気味だったよ。

……あの子……川中の妹も、

あの家の奥でずっと生きるのかな……

ちょっと可哀想だよな……」


瀬倉はさらに言った。


「もしかして、神様は

自分が降りてくる子供を作らせるために、

川中を殺したのかな……?」


確かに、川中が死んだことにより、

川中の両親は子供を作らなければならなくなったのだ。


偶然かも知れないが、

ただ偶然と言うには不気味だった。


川中の家は、かつての勢いはないが、

今もそれなりに栄えているという。