五歳くらいの出来事だったと思います。
 

確か季節は三月頃でした。私の家には、客間として使われている日本間があって、お雛様の壇や、ロッキングチェアや子供の背丈くらいの黒い壷など、その頃の私には、ドキドキするものが沢山ありました。

親に部屋を汚してはいけないから入るなと言われても、よく、弟とこっそり入って遊んでいました。
 

その日は、靴下を履いて、畳の上を、勢いをつけてすべる遊びを弟としていました。
 

何日か前に、家族でスケートに行ってから、その遊びが兄弟の中で流行っていたんですね。

思いっきりすべった時、勢いをつけすぎたのかバランスを崩して、私は転び、背中を畳に打ち付けました。

その時、床に転がった私の目と鼻の先に、赤いものがありました。 

日本間の隅に置かれた大きな黒い壷と壁の間の、少しの隙間にあったそれは、挽き肉のかたまりのようでした。


ひっそりと、畳の上に落ちていました。 


私の手より少し大きくて、赤黒く、ぬるぬるとしているように見えます。


細いみみずが百匹くらい集まって、丸まっているような姿です。何か、暖かい動物の臭いがしました。 


子供だったからでしょうか、怖いとは思わず、私は触ってみようと手を伸ばしました。

それは、どうやって動いたのか、今でもいくら思い出すたび考えてもわからな いのですが、ずず、ずるっ、としか言いようがない動き方をしました。壷の裏側、私の死角にあっと言う間に消えてしまいました。 


ほんの一、二秒の出来事でした。 


転んだ私を見て「大丈夫?」と弟が言っている間でした。 


弟に「へんなものがいた!」と言ったのですが、彼は見ていませんでした。 


この話には後日談があります。 


何日か後、部屋のひな壇を、ひなまつりが終わったので、祖母と母と私で片付けた時です。 


一番左側の三人官女を箱に入れようとした時、首が取れて落ちました。 


私の家のおひな様は、首がコルク栓のように出来ているので、珍しいことでは無かいのですが、その三人官女の首がとれた所から、暗い、からっぽな胴体の中を覗こうとした時、生臭い匂いが鼻を刺しました。
 

胴体の空洞から出てくるその臭いは、先日見た、赤黒いものとよく似ていました。 


祖母に「これ変な臭いがする。」と言うと、「カビが生えたかね」と言って笑って普通に箱にしまうだけでした。
 

祖母は厳しい人だったので、入るなと言われていた部屋で遊んでいたことを言ったら怒られると思うと、私が見たものの話は出来ませんでした。