高校の時、通ってた学校で人死にが出た。


生徒が1人、校舎の上のほうの階から落ちたらしく、

校舎脇に倒れているのを朝出勤してきた先生が見つけた。


亡くなったのは前の日の夕方だったらしい。


その日は1限目が緊急の全校集会となり、

その後HR→強制下校となった。


面識のない上級生だったので

最初はいまいち実感が湧かなかったが、

その人のクラスはパニック状態だった。


亡くなったのは

当時3年生の伊藤さんという人だった。


聞いた話だと、けっこう面倒見がよく、

気さくないい人だったらしい。


うちのクラスにも何人か知り合いがいて、

みんな泣いていた。


翌日から3日間の臨時休校。


理由は、まだみんなが落ちつけないだろうから、

というのもあっただろうが、

なによりことの真相がはっきりとしなかったからだ。


なにせ事故なのか事件なのか自殺なのか、

当初はそれすら結論が出なかった。


現場保存もかねて、

警察が休校を要請したと言われている。


まずどこから落ちたのかがわからない。


自分の教室(5階)の窓の下に倒れていたらしいが、

倒れていたところから上の階の窓は、

その教室の窓も含めてすべて閉まっていたという。


屋上の鍵も閉まっていたらしい。


誰かが、人が落ちたことを知らずに窓を閉めてしまったのだろうが、

とにかく屋上のフェンスや教室の窓枠などに、

またいだり乗り越えたりした跡が見つからなかった。


もちろん靴も揃えて置かれてはおらず、

本人が履いていた。


休校が明けると、

他にもいくつかの情報が流れてきた。


自殺の要因は見あたらないらしい。


野球部の主将で、

大柄で力も強い人だったので、

突き落とすのは難しそう。


死因は全身打撲だが、

それとは別に、後頭部に大きな傷があったらしい。


本人の自転車がなくなっており、

いまだ行方不明、などなど。


1週間ほどたつと警察が自殺との結論を出した。


しかし伊藤さんの家族もクラスメイトも納得はしなかった。


当時の俺の彼女で、クラスメイトで、

野球部のマネージャーだった田中もその1人だった。


田中は伊藤さんが亡くなった日も伊藤さんと話をしており、

自殺するような様子は一切なかったと断言していた。


田中は伊藤さんによく世話になっていたらしく、

事件後も折に触れては泣いていた。


ひと月ほどたったある日、

今度はその田中が死んだ。


死因は伊藤さんとまったく同じだった。


うちのクラス(4階)の窓の下に倒れていた。


やはり自殺の要因が見つからず、

後頭部に傷があり、

自転車がなくなっていた。


今度はうちのクラスの窓が開いていたので

そこから落ちたらしいことが推測されたが、

窓枠に、乗り越えるときにできる靴跡などはついていなかった。


通夜で俺は、

一生分と言ってもいいぐらいの涙を流した。


俺は半狂乱になった。


警察より先に犯人を見つけ出して殺すという気持ちが、

誰の目にも明らかなほどみなぎった。


警察は伊藤さんの、自殺という結論を撤回した。


学校は、無期限の休校となった。


休校中はたびたび担任の先生が家庭訪問に来た。


そのつど警察の捜査の状況を訊ねたが、

どうもはかばかしくないらしい旨の返答しか聞けなかった。


いらだった俺はある日、

現場をもう1回よく調べようと学校へ行った。


そんなことをしても無駄なのは解っていたが、

何もせずにはいられなかった。


田中の遺体発見現場にある献花台に花束をたむけ、

職員室へ向かった。


担任を始め、

先生たちは毎日出勤しているようだった。


もう1回現場を見たいという俺の無意味な要求を

担任の先生は黙って受け入れてくれ、

HR教室の鍵を手渡してくれた。


俺は久しぶりに自分の教室へ向かった。


教室に着くと俺は鍵を開け、扉を開けた。


すると、中から風が吹き抜けてきた。


教室の窓が開いている。


前から2つめの、

田中が死んだときに開いていた窓が、全開に。


真正面に見える夕日に照らされた教室内に……田中がいた。


以前とまったく変わらない風貌で、

こっちに向かって立っている。


そして、


「藤村君」


俺の名前を呼んだ。


田中だ。


逆光で表情が見づらいが、

やっぱり田中だ。


涙が出そうになった。


今日学校に来てよかった。


嬉しくてたまらない。


……でも、涙が出ない。


この間、あれほど流した涙が出ない。


足も前に出ない。


気持ちは猛烈に喜んでいるのに、

その奥にある感覚が俺の気持ちを行動につなげない。


なにかが変だ。


なにかが。


……なにが?


なんで、なんで田中は、

俺の名前を呼ぶばかりで、

こっちに来ないんだ?


なんで田中は、

鍵のかかった教室内にいたんだ?


なんで田中は、裸足なんだ?


なんで、なんで……。


「田中っ」


と、叫びたい気持ちとは裏腹に、

我知らず、俺は言った。


「お前、誰だ?」


表情は、依然逆光で見づらい。


が、口元だけはかすかにうかがい知ることができた。


薄く笑っていた。


俺は固まった。


そんな俺を尻目に、田中はきびすを返すと、

軽やかに窓枠を飛び越え、全開の窓から下へ、

一瞬で俺の視界から消えた。


落ちた。


我に返った俺は、

あわてて窓へ駆け寄った。


そうして下を覗きこもうとした。


田中は2回死ぬことになるのか、と思いながら。

しかし、はたと足を止めた。


なにか、「あの」田中が飛び越えた窓には近づきたくなかった。


そこで俺は、右隣の、教室の1番前の窓を開け、

そこから身を乗り出し、下を覗きこんだ。


瞬間、顔のすぐ左横を、

なにかが下へ通り過ぎていった。


それがなにかは、

すぐにはわからなかった。


直後、真下の献花台に叩きつけられた自転車が、

凄まじい音とともにバラバラに砕け散った。


薄暮の中、遠目にではあるが、

それが俺の自転車であることがはっきりとわかった。


「ちっ」


と、舌打ちする音。


音のしたほう、左斜め上を見上げてみると、

校舎の壁面にヤモリのように逆さまに四つ足でへばりついている田中がそこにいた。


今度は夕日に照らされてよく見えたその顔は、

やはり薄く笑っていた。


その後体勢を変え、

ささっと屋上へ消えていった。


けけけっと笑う声が聞こえた気がした。


一応事情はすべて先生や警察に説明したが、

誰も信じてくれなかった。


しまいには俺が犯人では、

などと言い出す奴も出始めたので、

それ以降は口にするのをやめた。


結局あれがなんだったのか、

いまだにわからないでいる。