三年前、尿管結石でS県の病院に入院した。
 

入院一日目、昼間安静だったのが、夜になって猛烈に痛み出した。
 

就寝時間だったので、ナースコールしようと思ったが、なんとか我慢できるような気もした。
 

石が下がって急に痛みが引くこともある。
 

そんなんで頑張っていると、大部屋の扉が開いた。
 

一時間ほど脂汗をかきながら耐えていたが、他の患者の出入りはなかった。 


(ナースの見回りに違いない、痛み止めの薬をもらおう)と思っていると、 

  

「ちがう」……男がぼそっとつぶやく声がする。 


スリッパのスルッスルッという音とともに、ベットを見回っているようだ。 


ついたて越しに、また「ちがう」とつぶやいた。 


なぜかひどい悪寒と吐き気がした。 


ついたての向こうに居る相手に、自分の気配を感ずかれたらやばいと思った。 

頭から布団をかぶり、目を閉じてやり過ごした。 


新参者ゆえ、その夜のことを同室の人たちに聞けずにいた。 


それに六人部屋だったが、全員内科系の疾患で、病状も軽い者ばかりみたいだった。 


患者同士親しくなる雰囲気はなかった。 


何日かして隣のベットが空き、すぐに中年の男が入院してきた。 


ちょっと話をして、男が胃潰瘍の検査入院であることが分かった。 


手術の日程が決まれば、すぐにほかの病棟に移動するのだろう。 


こちらも石はだいぶ下って、膀胱まできていた。 


またぞろ痛みがぶり返している最中だった。  

案の定、その夜に疼痛に見舞われた。また就寝時間だ。 


あの夜と同じような状況になった。 



 「ちがう……」 


再び男はやってきた。 


(いったい誰だ。何のつもりだ)そう思っていると、こちらにやって来た。 


「おまえだ」 


耳元ではっきり聞こえた。 


ぎょっとして振り向くと、隣のベットの前で、そいつの気配がした。 


痛みと恐怖で身動きができなかった。 


(死神に違いない)なぜか直感がした。 


(隣の男は近いうちに死ぬんだ) 


その瞬間、自分でもよく分からないのだが、思い切りカーテンをあけてしまった。 


パニックで頭が麻痺していたのかもしれない。 


そいつは白い検査用のパジャマを身につけていた。 


よぼよぼのじいさんだった。 


徘徊老人みたいな感じだ。 


こちらが呆然として見つめるなか、ふらふらと部屋を出て行った。 

翌朝、排尿とともに石が出た。 


午後の診察で、多分退院の運びとなるはずだった。 


結局、昨夜の出来事はよく分からないままだった。 


老人が深夜の病棟を徘徊すれば、院内で噂になるはずだが、看護婦や患者からもそんな話は聞けなかった。 

    

ちょっと病室を見て回ろうかと考えたのは、ただの思いつきだ。 


それでも、この出来事に自分なりの決着をつけることができたのは、偶然からだろうか。 

  

別の病棟で、あの老人を目撃した。 


老人は集中治療室から、ベットごと個室に移されているようだった。 


思うに、生命の危機を脱したのだろう。 


ほとんど意識はないように見えた。 


がりがりに痩せこけていたが、頬だけがピンク色だった。