Uはいわゆる『見える人』だ。


そのことについては、

僕もなんとなく遠慮して、

あまり詳しくは聞けないでいた。


そもそも、

Uはそういうことを話すのを、

躊躇っている様子があった。


Sが僕を肝試しに誘わなければ、

Uは決してそのことを告白しなかっただろうと思う。


ただ、酔った拍子にふと、


「昔……」


みたいな感じで、

Uが不思議な話をしてくれることがある。


そんな時は、

喜んで話を聞くことにしていた。


Uがはじめて自分が

『見える人』だと自覚したのは、意外にも遅く、

中学生のころだった。


それまでは体験したものと言えば、

せいぜいが金縛りとか、

誰かが歩いている音とか、

「気のせいだな」と思える程度のものだ。


ある日、Uが川辺の道を歩いていると、

川をじっと眺めている女の人がいた。


帽子をかぶり、

うつむいているので、

顔は見えない。


その時Uは、


「変だな」


と感じた。


一見すると普通の女の人なのだが、

どうもおかしい感じがする。


と言って、どこがおかしいかと言われると、

はっきりとは言葉にできない。


「まあ気のせいだろう。

ちょっと疲れているのかもしれない」


と、Uは結論した。


その時期、

中三で受験を控えていたUは、

学校でも家でも勉強漬けの毎日を送っていた。


学校では休み時間も惜しんで参考書を開き、

家に帰る間もなく塾へ行く。


家に帰って夕食を食べ、

一時間ほど勉強して、床につく。


Uが疲れを覚えるのも無理はない。


彼の父親はエリート主義であり、

母親もまた教育ママであったので、

逆らう余地などほとんどなかった。


しかも折悪しく、

塾の模試の結果が微妙に悪かったので、

余計に勉強を急かされていた時期だ。


次の日、学校に通うため、

川辺の道を通っていると、

またあの女の人がいる。


昨日と同じ姿勢、

同じ場所で川を覗き込んでおり、

相変わらず顔は見えなかった。


「あ、ひょっとして、危ない人か……」


と、ピンと来た。


昨日どうもおかしいと思ったのは、

そのせいに違いない。


そこで、

なるべくそちらの方を見ないようにして、

通り過ぎた。


しかし、電車へ乗り学校へ行き、

塾に通ってから帰ってくると、

まだあの女の人がいる。


夜もだいぶ遅い時間なので、

さすがに気味が悪かった。


女の人はやや猫背になって、

道路に背を向け、立っている。


Uはぞっとして、

そこを通るのをやめようかどうか、迷った。


が、ここから道を逸れるとなると、

一度引き返さなければならない上に、

家までかなり遠回りしなければならない。


疲れていたUは、


「明日もいたらやだなあ」


などと思いつつ、

自分の足元だけを見るようにして、

そこを通り過ぎた。


案の定というか、

次の日の朝も、女の人はそこにいた。


通り過ぎるのが怖くて仕方がなかったのだが、

今は歩いている人が他にもいたし、

その人たちも女の人を無視しているようだ。


Uも同様に、


「なにも見ていない」


と言う感じで、

黙ってそこを通り抜けたが、

今日の夜からは違う道を使うことを決意していた。


その川辺の道は、

通勤や通学によく使われている道で、

Uの家から最短距離で駅まで行こうと思うと、

通らなければならない。


が、夜十時過ぎになると人通りも途絶えるので、

もし女の人がまたいたらと思うと、

とてもではないが通る勇気が湧かなかった。


そこで、やや遠回りして、

別の道を使うことにした。


朝も、なるべくならその道を使わないことにしたが、

寝坊などで通らざるを得ない時、

いつでもその女の人は定位置にいるのだった。


学校で、級友にそのことを話した。


通り道に変な女がおり、

どうも薄気味が悪くて、道が使えない、と。


話を聞いていた周囲の級友は笑ったが、

ふと、Wと言う女子生徒が、


「ねえ、その人、幽霊とかじゃない?

おかしいよそれ」


と言い出した。


Uはまさか、と思ったそうだが、

周囲の級友たちがどっと盛り上がった。


ふざけ半分に、


「マジ怖えー」


等言っている。


Uは下らないこと、

として真面目に聞かなかったが、

授業中、ふと思い出した。


そう言えば、あの女の人は、

いつも同じ場所で同じ姿勢をしているだけではなく、

服まで常に同じではなかっただろうか?


白いブラウスと、紺色のスカートに、帽子だ。


ありがちな服装のように思えて大して気にしていなかったが、

制服っぽくもなかったし、毎日同じ服を着ているのはおかしい。


思えば、通行人たちも、

彼女を無視していると言うよりは、

まるで見えていないかのように振舞っていた。


通学路にあんな女が毎日立っていたら、

誰かが警察に通報でもしそうなものなのに、

それもない。


気になりはじめると止まらず、

余計に怖くなった。


しかも、級友たちが悪ノリをして、

みんなでその女を見に行こうと言い出した。


Uはもちろん、やめてくれ、と断る。


が、


「怖いのかよ、大丈夫だって、ヤバかったら逃げよーぜ」


と煽られ、

まあそこは中学生の浅はかさで


「怖くはないよ。わかったよ」


と、応じてしまった。


Uは私立の進学校に通っていたため、

彼の地元を案内できる人間が彼しかおらず、

またその日は彼が塾に行かなければならない日だ。


なので、みんなで行くのは、

日曜にしようと言うことになった。


日曜の昼間、

級友たちを駅まで迎えに行く時、

Uは迷った末に、

あの道を通って行ってみよう、と決意した。


もしかしたら、

あの女は今日はいないかもしれない。


確認しようと思ったのだ。


「晴れているし、いたって怖くないさ」


と自分を励まし、その道を通った。


果たして、女はいた。


川を覗き込むようにして立ち、

ブラウス、スカート、帽子と、いつもと同じだった。


Uは突然、この道を一人で通ろうと思ったことを後悔した。


女の髪は長く、

背中の半ばほどまである。


微妙にぱさぱさした髪で、

顔にかかった髪と帽子のせいで、

表情はまったくうかがえない。


ブラウスから覗いた手や、

スカートから伸びる脚には、

血の気がほとんどなかった。


土気色だった。


青茶色い感じの色で、

それに気づいた途端、

Uはさらに動揺した。


これまでのように、

女を無視して通り過ぎようと思うのだが、

どうしてもちらちら見てしまう。


見れば見るほど、女が生きた人間なのか、

それともそうでないのか、よくわからなくなった。


かかわってはまずい、

と本能的にわかるのだが、

なぜか視線をそちらにやらずにはいられない。


Uはなるべく足音を立てないようにしながら、

それでいてできるだけ急いで、

そこを通り過ぎた。


身体の震えが止まらず、

吐き気までする。


気のせい、気にしすぎ、

と自分に言い聞かせるが、

まったく効果がない。


Uが駅に辿り着くと、

級友たちはすでに集まっていた。


Uの目には、

くだんの『女』を見に行く期待にはしゃいでいる級友たちが、

異次元の存在のように見えたそうだ。


今さらだが、Uは強く、


「行くのをやめないか」


と提案した。


級友たちは、

最初、笑い飛ばそうとした。


それから、

Uの尋常ではない怯え振りに引いたらしい。


最終的には、怒り出した。


『楽しい気分』


に水を差されたのだから、

まあそんなものだろう。


「電車賃使って来てるんだからさー、

しらけるようなこと言うなよな」


「つかお前マジでびびってんの?」


等、容赦ない言葉を浴びせられる。


Uは押されるようにして、

『女』のいる場所に案内することを強要させられた。


どうにでもなれ、

あの女を見たら笑っていられなくなる。


Uはそんな気持ちで、

『女』の元へと級友たちを案内した。


あの道に近づくにつれて、

再びUの気分は悪くなって来た。


やがて、

道は川に沿って進むようになり、

あの女が見えて来る。


Uは級友を振り返り、

「ほら」と、目線で報せた。


恐ろしかったので、

女からはかなり遠い位置で合図した。


が、周辺には特に通行人もおらず、

ぱっと見てその女がおかしいのは、

遠目にも明らかだ。


級友たちはきょとんとしていた。


「どこ?」


などと、周囲を見回している。


Uはいらだって、


「あそこだよ、ほら、いるだろ女が」


と軽く指さした。


女は相変わらず、

猫背気味に川を覗き込んでいる。


Uは不意に愕然とした。


級友にはあの女が見えていないのだ、

と、突如悟ったからだ。


その証拠に、


「なあ、どこだよ……」


などと、

まばたきしている始末ではないか。


Uは必死になって、


「あそこだよ、見えるだろ?」


と主張した。


彼の目には、

あの女がはっきりと見えている。


それが、級友に見えないはずはない。


しかし、級友たちは

次第に呆れたような表情を浮かべるようになった。


Uはなにをどう言っていいかわからず、

ただ


「あそこにいるんだ」


とだけ繰り返した。


級友たちの呆れ顔の中には、

恐怖と警戒の目でUを見る目が混じり始めている。


『こいつ、なにが見えてんの……?

おかしいんじゃないか?』


その目は、

雄弁に級友たちの考えてることを語っていた。


Uは悔しさと、

たった今、級友たちとの関係が壊れた絶望に、

込み上げる吐き気をこらえられず、

その場で吐いたと言う。


それでも、級友たちは


「きったねー!」


などと冷ややかだった。


誰も吐く彼のことを心配せず、

最初にUが『女』を『危ない人』だと思ったように、

級友たちもまた、Uを『危ない人』を見る目で見ていた。


気づくと、

ばたばたと級友たちが走り去るところを、

呆然と眺めていた。


Uは泣くのをこらえられず、

その場でしばらくしゃくりあげた。


そんな自分を情けないと思うと、

それがまた感情を高ぶらせる。


通りがかる人に、


「大丈夫?具合悪いの?」


と尋ねられ、

はじめて彼は泣き止むことができた。


近所のおばさんらしき人だった。


嘔吐物が目の前にあるので、

急病かと思われたらしい。


Uは我に帰って、しどろもどろに、


「ちょっと具合が悪くて……」


と説明し、


「救急車を呼ぼうか?」


との親切な申し出を断った。


実際、一度感情を爆発させたせいか、

意外にすっきりしていた。


Uはなおも心配しているおばさんに頭を下げて、

家はここから近いので、

ひとりで帰れると言い張った。


おばさんは一応納得したが、


「具合悪いなら、寝てないとだめだよ」


と一言のこして、

Uをちらちら振り返りながら去って行った。


Uは空虚な気分で、

家に帰るために歩き出した。


明日から、

学校で彼にどんな目が向けられるだろうか。


今日のことはなにかの勘違いだったと言うことで、

級友たちにうまく説明できないだろうか?


そのことばかり考えていたので、

彼は最初、『女』の視線に気がつかなかった。


ふと気がつくと、

『女』の前を通り過ぎるところだった。


『女』が振り向いていた。


首だけをこちらに傾けるようにして、

髪の毛の向こうから、

明らかにこちらを見ている。


目は髪に隠れて、

Uからは見えなかったが、

髪の毛の内側の目がこちらを凝視しているのは、

はっきりとわかった。


腰が抜けそうになった。


どうやってその場を立ち去ったのか、

よく覚えていない。


Uは自室のベッドの中で、

布団をかぶって、

しばらくガタガタ震えていた。


かなり時間が経って、

夕方ごろになると、

次第に冷静になって来た。


つまり、


「俺が見たのは、本当に幽霊だったのか……?」


と言うことだ。


前述したように、

Uは受験勉強に疲れていた。


両親からことあるごとに勉強の調子を尋ねられ、

テストがあれば点数のことばかり注意を受ける。


自分でも、

それに疲れきっていることはわかっていた。


それならば、

もしやあの『女』は本当に幻覚ではないだろうか?


ストレスのせいで、精神的に参っていて、

あんな『女』を見てしまったのでは、ないだろうか?


一度疑心暗鬼に陥ると、

もう止まらなかった。


翌日の月曜、

あの道を避けて学校へ行くと、

級友たちがいつもよりぎこちなく彼に挨拶する。


ひそひそと周囲でささやかれる言葉が漏れ聞こえてさえ来た。


「あいつ、ちょっとおかしいよ」


「前からおかしいと思ってた」


「勉強のしすぎでさ、頭がちょっと……

ほら、親もうるせーらしいじゃん」


噂はあっと言う間にクラスに広まった。


思うより、堪えた。


周囲との距離があっと言う間に広がったようだった。


あからさまに、


「ねーなにか見える?

このクラスの中にもさー」


などと、

好奇心と悪意の混じった質問まで投げかけられる始末だった。


当然、授業に集中できるはずもなく、

Uはその日、またしても気分が悪くなり、

早退することになった。


彼は電車の中で、真剣に考えた。


あの『女』は自分の妄想で、

本当はいないのではないかと。


自分が狂っているのかと思うと、

居ても立ってもいられず、

Uはフラフラと例の川辺の道に向かっていた。


『女』を探してその場所へ行った。


『女』はいなかった。


Uはほっとするやら、

拍子抜けするやらで、

しばらくその場にたたずんでいた。


やはり、

自分はストレスから変な幻覚を見ていただけで、

それを自覚したから、

『女』のことが見えなくなったのだと思った。


Uはそのままとぼとぼと、

家へと歩き始めた。


『女』が見えなくなったのはめでたいが、

明日からいったいどういう学校生活を送ればいいのか、

見当もつかない。


クラスメイトたちの視線を思い出すと、

それだけで憂鬱になる。


しかし、次の瞬間、

Uは声にならない悲鳴をあげて、

へたりこみそうになった。


『女』がいた。


なぜかいつもの場所ではなく、

違う場所にいたのだった。


『女』はUに気づいたのか、

また首だけで振り返り、

髪の毛の向こうから見ている。


Uは耐え切れず、走って逃げた。


恐怖に負けて後ろを振り返ると、

『女』は顔をこちらに向けていた。


早退して来て、

しかも帰るなりトイレでゲーゲーやっていたUを、

母親は体調を心配するというよりは、


「勉強に差し支えるのでは?」


と心配したらしい。


自室で横になっていたUのところまで来て、


「体調管理がなっていない」


と言ったそうだ。


Uの勉強に差支えが出るのは、

あっと言う間だった。


学校では、

一気に無口になったUにわざわざ話しかける級友もいなくなり、

小テストの点数もめっきり悪化する。


先生に呼び出されて、


「成績が落ちているがなにかあったのか?」


と訊かれ、

Uが答えられずにいると、


「変な噂話があるが、一度病院に行ってみてはどうだ?」


と、暗に、

そのころは今ほど一般的ではなかった、

カウンセリングを勧められた。


もちろん、両親もUのことをなじった。


集中力が足りないとか、

たるんでるとか、始終小言を言われた。


Uはこらえきれず、

恐る恐る、『女』のことを両親に話した。


両親には理解してもらえなかった。


それどころか、

性質の悪い作り話、言い訳と取られたらしく、

小遣いまで取り上げられることになった。


U自身も、

この時は自分の頭が完全におかしくなったのだと思っていた。


周囲に相談できる人もなく、

彼はますます追い詰められた。


最終的には塾すらサボるようになり、

図書館など、ひとりでいられる場所に

長居するようになった。


ある日、

彼は母親の小言から逃げるように、

自室に閉じこもっていた。


せめて少しぐらいは

勉強の遅れを取り戻そうと教科書を開くのだが、

まったく手につかない。


気分転換に窓の外を眺めて、

Uは悲鳴をあげた。


『女』が、

窓の下の道路に立っていたのだった。


思えば、最後に見た時、

『女』は場所を移動していた。


その時は『女』が移動したことよりも、

『女』が見えたことに気を取られていたが、

それまで動かなかったものが動いたのだから、

なにか理由があるに決まっている。


その理由が今判明した。


『女』はUについてきてしまったのだった。


いつから家の近くにいるのか、

そこからもう動かないのか、

それともUの元へ来るまで動くのをやめないのか、

彼にはなにもわからなかった。


彼の悲鳴に気づいた母親が部屋に入って来たが、

狂乱したように窓の下を指し、

彼女には見えない『女』がいるとわめいている息子を見て、

逆に母親が腰を抜かしてしまう始末だった。


その夜、

Uは一晩中ボソボソと言う声を聞き続けた。


夜半前までは、

どうやら一階で両親が小声で相談し合う声らしかったが、

その後は、窓の外からの声だった。


「ねえ……ねえ……ねえ」


と、呼びかけるような女の声だった。


本当に気が狂いそうで、

朝日が昇るまで、

Uはずっとベッドで震えていた。


Uは辺りが明るくなり、

声が聞こえて来なくなったのを確認し、

そっと着替えて家を出た。


家の前の道には、『女』がいた。


昨日よりやや近づいているようだ。


Uは本当にどうしていいかわからず、

その前を走って通り過ぎ、

思いつくままに、電車に乗った。


それから、

学校の近くにあった神社に行った。


Uは半ば自暴自棄になって、

なにを信じたらいいのかわからず、

ひょっとしてお札かなにかがあれば、

『女』から身を守れるのではないか、

と思ったそうだ。


学校の近くの神社は割と大きく、

普段からよく神主さんらしき人や

巫女さんがいるのを見かけていたので、

そこならお札も買えるのではないかと思ったらしい。


神社に行くと、

来るのが早すぎたらしく、

まだ社務所も開いていなかった。


Uは神社の階段に腰掛け、

呆然と時間が過ぎるのを待った。


やがて、

神主さんのような人がやって来て、

Uを見つけた。


子供がぽかんと座り込んでいるのを見て、

なにごとかと思ったのか、

親切な口ぶりで話しかけてくる。


Uは問われるままに、


「変なものが見えるので、お札が欲しい」


と正直に打ち明けた。


神主さんはUの様子から、

その「変なもの」がなんであれ、

尋常ではないことが起こっているのだな、

と察したらしい。


「まあ来なさい」


と社務所に案内され、

詳しく話を聞かれたそうだ。


誰にも真面目に聞いてもらえなかった話なので、

Uはそれだけで涙が出そうになったと言う。


話をすべて聞いて、神主さんは


「それだけでは、私からはなんとも言えないが、

そう言うことに詳しい人がもうすぐ来るから、

もう一度話してみるといい」


と、Uに勧めた。


その詳しい人とやらは、すぐに来た。


どうやら巫女をやっている人らしく、

かなり若いきれいなお姉さんであった。


意外に思いながら、

Uはもう一度同じ打ち明け話をした。


お姉さん、仮にAさんは、

黙って話を聞いた後、こう言った。


「話を聞くまでもなく、

あなたには悪いものが憑いていますね。

見ればわかります。

お払いをした方がいいと思いますよ。

悪いことは言いませんから、すぐにお払いを受けなさい。

目を合わせたのが、いけなかったようですね」


Aさんは、

どうやら『見える人』であったらしい。


Uは午前中一杯を待たされた後

(神社の人にも、いろいろ用事があったらしい)、

午後になってようやく、「お払い」とやらを受けた。


その時はほとんど茫然自失していたので、

お払いの代金は?などとは、

考えなかったそうだ。


わけのわからない祝詞を唱えさせられつつお払いを受け、

それが終わってようやく、Uは代金のことに気づいた。


小遣いを取り上げられていたこともあり、

財布の中にはわずかな金と定期ぐらいしか入っていない。


親切にも神主さんも巫女さんも


「お金はもともと大して取っていないから」


と、受け取ろうとしなかった。


その後、少しだけ話をした。


Aさん曰く、


「神主さんはちゃんとした神職の人だけれど、

実際に『見える』わけではありません。

私が見たところ、

本当に『その手のこと』で困っている人は珍しい。

ですが、誰でもお払いを受けると、

大抵はスッキリして帰ってくれます。

『お払い』を受けたと言う気分の部分が大きいんですよ。


もちろん、神様の助けもあるのですが、

気持ちの問題だと言い切ってもいいぐらいです。

それは『本当にその手のことで困っている人』でも同じです。


要は、気持ちの部分が大きいということを

ちゃんとわかっていればいいんです。

生きている人間に、

死んでいる人間がかなうはずがありませんから、

無視するぐらいでちょうどよろしい。

下手に怖がったり、好奇心を抱いたりせず、

徹底的に無視しなさい」


最後に、


「困ったことがあったら、また来なさい」


と、付け加えた。


Uは神社を出て、家に帰った。


母親がいたが、

彼を見るなりヒステリックに


「こっちへ来なさい!」


と叫んだので、

小言を言われるのだと思ったUは、

それを無視して部屋に行った。


家の前から『女』は消えていたものの、

念のために、部屋の隅にもらったお札を貼った。


結論を言うと、

Uはその後、学校では疎外感を味わい続け、

受験にも失敗した。


両親はエリートコースから外れかけている息子にいたく失望したらしく、

最初のうちは怒鳴ったり説教したりしていたが、次第に諦め、

無関心になって行ったらしい。


この出来事が切欠で、

Uは『見える人』になってしまったようだった。


しかし、未だに


「怖がらずにいること」


ができないと言う。


と言うより、

未だに自分が正気なのかどうなのか、

半ば疑っているようだった。


この話をしている時、

Uは酒に酔っていたため、

暗い話をしているという感じではなく、

むしろゲラゲラと自分を自嘲しているような感じだった。


結局、

『女』がなんであったのかは、

よくわからないらしい。


通りすがりの強い霊かなにかであったらしいが、

川辺になぜたたずんでいたのかは、

不明だそうだ。


余談だが、世の中には、

「気持ちの持ちよう」ではどうにもならないモノと言うのも

存在するらしい。


幸いにも、

Uはまだ実際に遭遇したことはないが、もし遭遇したら、

本格的な修行かなにかをする羽目になるのかもしれない、

とこぼしていた。


それはそれで、

Uのためにもいいのでは……と思ったが、

Uは「とんでもないっ!」と顔色を変えて

ドラクエのような台詞を吐いた。