この前山形に旅行に行ったんだけど、

めちゃくちゃ怖い出来事に遭遇した。


そこ、木造建築の古い旅館で、

従業員全員がしわくちゃな顔してた。


嫁が一度伝統ある場所で一泊したいって言うから、

山形の奥の方の小さな旅館で予約したんだけど、

人も全然居ないしガラガラで、

こりゃ失敗したなって落ち込んでたよ。


飯は戦国時代のみたいな古いモノで、

焼き魚に白米、味噌汁とタクアンとか。


何か時代が止まってるみたいだなって嫁と苦笑してた。


大浴場までほとんど木製、

露天風呂は流石に石だった。


よぼよぼの婆さんに布団敷いてもらって、

それからは特に何も無く進んで、寝ちゃった。


夜中の二時ぐらいに目が覚めて、

嫁はもう寝ちゃってた。


すごい便意が襲ってきて、

こんな時間にこんな旅館で、

しかも個室にトイレはついてない。


受付か大浴場の近くにしかトイレは無い。


ものすごく行きたくない。


だがいい歳こいて大を漏らす訳にもいくまい。


行くしかなかった。


駆け足で階段下りて、

静まり返った暗い館内の中でトイレを探した。


大浴場の方が近い、

ロビーじゃなくてそっちのトイレを使おう。


何か歩き回ってるだけで心臓バックバクで、

早く帰りたい一心だった。


分かるだろ?


ガキの時

キャンプで一人用足しに行くみたいな感じ。


それと全く同じ感覚。


何かに襲われそう、

何かに見られてそうみたいな。


それでやっとトイレ見つけて、

スリッパ履いてさっさと終わらせようとした。


トイレは全部で三つあって、

どのドアも木製で染みだらけだった。


何か異様に怖くて手が震えちゃって、

ドアノブがまともに掴めなかった。


一番目のドアに手を掛けたけど

何故か鍵が掛かってる。


中には誰も入っていないので

多分壊れているんだろう。


二番目のドアはすんなりと開いた。


用が足し終わって外に出ようとした。


そしたら誰かがトイレに入ってくる音がしたの。


それだけの筈なのに、

何故か俺はその場で硬直した。


それで、そいつが出ていくまで

便所の中で待とうと思ったんだけど、

いつまで経っても、出て行くどころか

個室に入る音さえしない。


不思議になって外を見ようと思った


ドアを開きかけた瞬間、

外でカリカリカリカリカリカリって音がした。


しかも近い。


さっきトイレに入ってきた奴が、

ドアを爪みたいなもので擦ってやがる。


俺、めちゃめちゃ怖くて動けなくなって、

ドアノブ掴んだまま扉をじっと見詰めてた。


カリカリカリカリカリカリカリカリカリ。


しばらくすると、音は収まった。


だが、外に居るそいつの呼吸が確かに聞こえる。


ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!


ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!


強く叩き始めやがったの。


普通、誰かが気付く筈なのに。


『フーッフーッフーッフーッ!』


何か人間じゃないみたいな唸り声がした。


犬がキレた時の声を人間の声質と合わせたみたいな。


バン!バン!バン!バン!


またドアが鳴らす音が変わった。


蹴ってたのか体当たりだったのか…。


もうドアの金具が外れそうだった。


元から古い建物だったから

色んな部分が緩んでるんだろう。


俺は死に物狂いで何かないかと探した。


平凡なトイレだ。


何かある筈が無い。


これはどうにかしないと、

殺される気がした。


俺は勇気を出してドアを開ける事にした。


「おい!!舐めた真似してくれたな!今出るぞ!」


どうにか声を絞りだし、

ドアノブを手放して、

扉を思い切り蹴り飛ばした。


誰も居ない。誰も居ない。誰も居ない。誰も居ない。


俺はそう確認すると腰を抜かし、

その場に崩れ落ちた。


落ち着くと、全力でそこから逃げ出した。


めちゃくちゃ怖かった。


本当に怖かった。


今でも思い出しただけで鳥肌立つ。


何か触れちゃいけないような、

よくわからん感じだった。