非常にシンプルだが、夜、屋外に出て行ってタバコを吸う私にとっても、

宮城さんの体験は想像しただけで身震いのするものだった。

今から4年前の初秋、宮城さんの記憶では10月の初め頃だったそうだ。

山間に住む愛煙家の宮城さんは、夜寝る前、当時未成年ながら玄関先でタバコを吸うのが日課だった。

雨が降り始めたその晩も、宮城さんはいつも通り、家族の寝静まった家の玄関先でタバコに火を点けていた。

隣家まで距離もあり、夜になると虫の声だけが聞こえてくる田舎の家。

宮城さんはそんな自然を感じながらタバコを吸うのが好きだった。

虫の声と雨音、それに耳を傾けながらタバコを吸っていると、敷地の一角にある、

農具をしまってあるブロック作りの小屋に何か動くものを見つけた。

暗闇に目を凝らすと、小屋の隅にどうも誰か人が立っているように見える。

宮城さんの心臓が跳ねた。

普段から人気の少ない田舎である、こんな深夜に誰かが家を訪ねてくるはずはない。

宮城さんが驚きと恐怖心からその場を動けないでいると、

小屋の隅からじっとこっちを見ている人影がゆらりとその全身を現す。

人のようだ、という事はわかるが、黒い服でも着ているのだろうか?

その体は暗闇と同じ色で、辛うじて人型であるという事はわかった。

顔であろう部分だけがやけに白く見えていたが、その表情や性別まではよくわからなかったという。

その黒い人影は動けないでいる宮崎さんに向かって滑ってきた。

というのも、その人影は腕や足を直立にしたまま、本当に滑るように庭を移動しているのだ。

生きた人間じゃない。

宮城さんは直感した。

宮城さんは一声悲鳴を上げ、玄関に飛び込んだ。

背中で盛大に引き戸を閉め、必死でを押さえつけた。

混乱していた宮城さんは鍵を閉めるという当たり前の事も忘れ、とにかく必死で侵入者を食い止めようとしたのだ。

だがそこで一安心とは行かなかった。

ドンドンと玄関の引き戸が激しく叩かれる。

宮城さんはまるで生きた心地がしなかったそうだ。

気持ちはわからなくもない、なにせ引き戸を透けてくる幽霊だったならまだ諦められただろうが、

相手は物理的に引き戸を打ち鳴らしているのだ。

混乱した宮城さんは鍵をかけることも忘れ、引き戸を必死で押さえたそうだ。

ほどなくして、激しい物音を聞きつけた家族が、何事かと一斉に起き出して来たところで玄関を叩く音も唐突に収まった。

だが、そんな家族にどう弁解したところで信じてもらえるはずもなく、宮城さんの親父さんが玄関の外を確認しても、

先ほど宮城さんを襲った異様な存在など忽然とその姿をくらましていた。

加えて、タバコ臭かった宮城さんが親父さんから大目玉を喰らったのも言うまでも無い。

それ以来、宮城さんが同じ怪異に出くわすことは無かったと言うが、

この一件が相当なトラウマとなり、タバコは綺麗さっぱり辞めたそうだ。

恐怖のあまりタバコさえ手放した宮城さんだが、

どういうわけかこれ以後、宮城さんは度々そういったものを見てしまう体質となってしまったという。

追々またお話を聞かせていただけるそうなので、楽しみにしたい。