オレが川沿いの土手を、夜中に散歩していた時の事。

真冬と言う事もあり、川の流れる音以外には何も聞こえない静けさの中で、オレは考え事をしていた。

突然、前方から大きな水音がしたので、ビクッとして立ち止まる。

100mぐらい先に架かっている橋の下辺りだろうか?

早歩きで土手を進み、橋の近くまで来て見ると、

暗くうねる水面には月明かりに照られて、微かに波紋が広がっている。

川面から10mほど離れた土手から暫く眺めていたが、他に何も音がしない。

周囲には人は居ない様だし、橋の上に外灯があるが車も人影も見えない。

何か落ちたのかと思ったが、結局魚だろうと、それ以上気にも留めなかった。

だが、翌々日の新聞に”人体の一部発見”の報道がされる。

現場はあの橋から下流に数百メートルの場所で、学校帰りに見に行くと現場検証の最中だった。

暫くしてこの付近一帯に奇妙な噂が立ち始めた。

『相模川の高○橋近くで、黒装束が河原を徘徊している』というもの。

オレは元々、都市伝説や噂話なんか信じていないが、何しろ地元ネタである上に近くを流れる川での噂だ。

さすがに気にならないと言えば嘘になってしまう。

興味は出たが、なぜか夜の散歩をする気にはなれなかった。

その噂には続きがあったからだ。

『その黒装束は人を見つけると、追いかけてきて体の一部をもぎ取って行く』

学校でオレを捕まえて真剣な顔をしてそんな話をする級友に、少しうんざりしながら相槌を打っていた。

見つかったのが、体の一部らしいから其れを求めて・・・と言う事なんだろう。

”殺人未遂か傷害で、警察沙汰になっているだろうが!”

オレはそう思ったが、面倒くさくて突っ込む気もなかった。

何しろ、暇な田舎での出来事だ。

話している本人も信じているかどうか疑わしい。

だが、級友の興奮とは裏腹に”事件”は呆気ない終わり方をする。

更に下流で、バラバラの遺体が発見されたからだ。

少なくとも、黒装束なんてものは”実在”しないという事だ。

そういう訳で、"被害者の発見"で殺人の方向で警察は動くようだし、

怪しい噂は単なる噂として都市伝説になるか、其れとも消えてなくなるかに違いなかった。

この一帯を騒がした黒装束の噂はこうして終わった訳だ。

オレは数日後、件の友人に誘われて土手を歩いていた。

全く下らない事だが、黒装束がまだいると言うのだ。

そんな物はいないと言う事を証明しないとずっと煩そうだったので、

やむなく散歩に付き合うと言うのなら一緒に移動してやると言ったのだ。

他愛も無い事を話しながらあの橋の近くまで来ると、微かに人の声が聞こえてくる。

一瞬ドキッとしたが、月明かりの下に見えるのは人間だった。

”おどかしやがる”

オレは内心の動揺を悟られない様に友人に

「良く見ろよ。肝試しにでも来たんだろ?オレらと同じだ」

そう言って指差そうとしたが・・・

友人が其れを遮って、震える指を向けた。

つられてその方向を見る。

橋の裏側、丁度外灯と外灯の間辺りに、黒い襤褸切れみたいなものが視界に入った。

何かが引っかかっていると思ったが、橋の裏側に張り付くようにして、四本足?を動かしている様に見える。

掴む所もなさそうなのにゆっくりであるが動いており、

異様に長い紐のような物が水面に向かって伸びたり縮んだりしている。

オレは蜘蛛かカメレオンを連想した。

その下には、数人の人影が見える。

そいつ等に向かって紐?が伸びるのが見えた時、咄嗟に叫んだ。

「そ こ か ら 離 れ ろ ! 」

オレの声に反応したのは一番近くにいた奴だけで、残りは胡散臭げにこちらを一瞥しただけだった。

しかし、その襤褸切れはこちらに気がついた様だ。

目玉のない黒い穴がこちらを見据えた、と感じた。

首を擡げて、黒い頭をこちらに向ける。

月明かりの下にその姿が晒され、肝試しの連中は硬直したように動かなくなった。

あの目だ・・。

オレは膝が抜けて足が全く動かなってしまった。

友人もガタガタ震えてオレにしがみ付くから、余計動けない。

襤褸切れがゴキブリの様に橋脚を降りてくる。

四つん這いで、音も聞こえないのにこっちに向かって来るのが判った。

オレは重心をずらし、わざと足を滑らせて友人ごと土手から民家のある方に転がり落ちた。

そうする以外に無かった。

あのままでは確実に捕まる気がしたのだ。

木々にぶつかりながら、5mぐらい転がり落ちると民家の裏の勝手口にぶつかる。

次いで、明かりがつき扉の隙間から住人がびっくりしたようにこちらを見る。

助かった。

そう思って土手の方を見ると、奴がいた。

真っ黒い眼窩をこちらに向けて、舌なめずりする様に(紐と思ったのは舌だった)こちらをねめつける。

オレは意味不明の声を発しながら、友人と共にこの家に転がり込んだ。

当然、警察を呼ばれた。