247 師匠コピペ4 sage 2008/06/29(日) 12:33:19 ID:vtxXJwJU0

537 古い家   ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2008/06/29(日) 00:15:33 ID:9x5Yw4U+0
その格子のわずかな隙間から、中で何かが動いたような空気の流れが見えた気がした。 
目を擦るが、すぐに2階はもとの闇に包まれる。師匠が明かりを下げて「どこ
から入れるかな」と呟きながら裏手へ回ろうとしていた。
なんだろう。すごく嫌な感じがした。
もう一度耳を澄ます。
やっぱり蛙と風の音だけだ。
回り込むと土塀がぐるりと囲んでいたが、人が通れそうな潜り戸が見つかった。 
半分崩れた木戸を押すと、中は丈の長い雑草が群生する空間になっている。
「裏庭か」
師匠がその中へ足を踏み込んでいく。
周辺を懐中電灯で照らすと、倒れた灯篭の火袋や埋められた池の跡、倒壊した土蔵
や便所と思しき小屋の痕跡などがひんやりと浮かび上がってくる。
雑草を掻き分けて家屋の裏手の方へ足を向けると、いたるところが剥げかけている
漆喰の壁に戸板が厳重に張られた箇所があった。
「裏口か。でも開かないかな、これは」
師匠がゴンゴンと板を叩く。パラパラと木屑が落ちる音がする。 


「こっち、縁側がありますよ」
うっすらとした月の光にかすかに濡れて見える縁側が夜陰に佇んでいる。 
しかし、その向こうにはやはり雨戸らしき木の板が一面を覆っている。
ゴトゴトと二人して揺すってみるが、中からつっかえ棒でもしているのだろう、まったく開く気配はなかった。
舌打ちをしながら師匠はそこから離れ、裏庭の端まで行くと土塀と家の外壁の隙間
に身体を滑り込ませて、奥へと侵入していった。
バキバキとなにかを踏み壊すような嫌な音だけが聞こえてくる。残された僕の辺りに闇が降りて来る。少し心細くなる。
やがて悪態をつきながら師匠がその隙間から戻って来た。
「ぺっ、ぺっ。なんだよこれ。全然入れるトコないじゃん」
そうですね。



248 師匠コピペ5 sage 2008/06/29(日) 12:34:18 ID:vtxXJwJU0


538 古い家   ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2008/06/29(日) 00:19:00 ID:9x5Yw4U+0
そんな言葉を吐きながら、僕は2階建てのその家屋を見上げた。
どれほどの時間、この構造物はここに建っているのだろう。 
明治時代から? 江戸時代から? 今、人工の無機質な光に照らされる薄汚れた白壁は、 
滅びた家の物悲しさを纏っているように見えた。
リー、リー、と虫が鳴く。
師匠が「金属バット、持ってくればよかったな」と言った。
嫌な予感がした僕に、間髪要れず容赦のない言葉が降って来る。
「体当たり」
え? と聞き返すが、彼女はもう一度それを繰り返しながら懐中電灯で裏口の戸を示す。
なにか色々と、言いたいことがあった気がしたが、すべて僕の中で解決がついてしまい、 
うな垂れながらも諾々と従うこととした。 


最初は軽く肩からぶつかってみたが、ズシンという衝撃が身体の芯に走っただけで、戸は歪みさえしなかった。
「中途半端は余計痛いだけだぞ」という師匠の無責任な発言を背に受けて、僕は覚悟を決めると、 
今度は十分に勢いをつけて全身でぶつかっていった。
バキッ、という何かが折れる音とともに戸が内側に破れ、僕は勢いあまって中に転がり込む。
その瞬間にカビ臭い匂いが鼻腔に入り込んできて頭がクラクラした。
戸は砕けたというよりは、内鍵の代わりとなる差し板が折れただけのようだ。 
ギイギイという音を立てながら反動で揺れている。
僕を引き起こし、師匠は明かりで家の中を照らした。
足元は土間だ。流し台のようなところに甕がいくつか並んでいる。 
木製の椅子が積みあげられた一角に、竈の跡らしきものが見える。 
そして足の踏み場もないほど散乱した薪の束。
「おまえ、こういう家詳しいんだろう」


249 師匠コピペ6 sage 2008/06/29(日) 12:35:09 ID:vtxXJwJU0


539 古い家   ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2008/06/29(日) 00:23:02 ID:9x5Yw4U+0
師匠の言葉にかぶりを振る。専門は仏教美術だ。古い商家など守備範囲ではない。
「でもたしかこういうの、通りにわ、っていうんですよ。それでこっちが座敷で」
と、僕は骨だらけになった障子を指差し、次いで入ってきた裏口と逆の方向の奥を指して、
「あっちが店の間ですね」
と言った。
「ほう」と言いながら師匠は障子を開け放ち、埃が積もった畳敷きの座敷に足を踏み入れた。もちろん土足だ。
調度品の類はまったくない。ガランとした部屋だった。ただ腐った畳が嫌な匂いと埃を舞い立たせているだけだった。
「これ以上進むと、ズボッといきそう」
師匠はその場で壁を照らす。土気色の壁には板張りの上座の上部に掛け軸が掛かっ
ていたような痕跡があったが、今は壁土が剥がれて無残な有様だった。
上を見ると、天井の隅に大きな蜘蛛の巣があった。蛾が何匹もかかっている。
「うそっ」
と師匠が息を呑む。
信じられないくらい巨大な蜘蛛が光をよけて梁に身を隠す瞬間が確かに見えた。
気持ち悪い。
人の住まなくなった家屋の中で、虫たちの営みは変わらず続いているのだ。
続きの隣の部屋も似たような様子だった。
次に僕と師匠は店の間に恐る恐る入り込んだ。
「蜘蛛、いる?」
急に腰が引けた師匠が、暗闇に僕を押し込もうとする。
押した押さないの問答の末、二人して入り口から中を覗き込むと、背の低い陳列台
のようなものがいくつかあるだけで、ほとんどなにも残っていなかった。