その日の夜、私は暇つぶしに妹の部屋にあったローカル情報誌を拝借し、自分の部屋に寝転がって読んでいた。
テーブルの上のラジオからは知らない洋楽が流れている。
その雑誌を適当に飛ばし読みしていると、星座占いのコーナーで手が止まった。地元では有名な占い師が持っている頁だ。行ったことはないけれど、街なかに占いの店も出しているらしい。
その情報誌は月刊なので、ひと月分の運勢が星座ごとに並んでいる。星座ごとで、しかも一ヶ月通じての運勢だなんて、血液型占いと同じくらい胡散臭い。
とりあえず自分の星座を確認して、それからもう一つの星座を読む。
こんなところがどうしようもなく女子高生っぽくて自分でも嫌になる。
その後、適当に前後の星座の運勢を読んでいると、どれもあんまり良くない書かれ方をしているのに気がついた。
『じっとしているが吉』『外出は控えて』『大事なものを失う暗示?』『もう一度考えて』……
星座の名前のすぐ横に5つの星が並んでいて、そのうち黒い星の数が多いほど運勢が良いということらしいのだが、私の星座は星1つ。ほかの星座も1つとか2つばかりで、3つというのが最高だった。
どういうことだろう。
天井を見ながら少し考える。
急にドアをノックする音が聞こえて、ドキッとした。
適当に返事をすると妹が廊下からニュッと顔を出し、いきなりこちらを指さした。
「やっぱりここだ。返してよ。まだ読んでないんだから」
雑誌をもぎ取られそうになるのを力ずくで押さえ込んで、「この占いのページって、いつもこんな星のアベレージ?」と聞く。

妹はじっとそのページを見つめ、「いつもはそんな低くないよ」と答えた。
星3つとか、4つとかが普通とのことらしい。
「えー、なにこれ、やな感じ。この星占いのオバハン、なんか嫌なことでもあったんじゃない?」
妹はそんなことを言いながら、力を緩めた私の手から奪取した雑誌をまじまじと読み始めた。
「自分の部屋で読め」と追い出すと、なにか文句を言っていたが無視してベッドに寝転ぶ。
"嫌なことがあったから、腹いせで読者の運勢を悪く書いてみた"
やはりどこか違う気がする。何故なら、悪くしないための警句ばかり並んでいたからだ。
ローカル誌か……
呟いて、それから目を閉じる。
いつの間にかウトウトしていたらしい。ラジオの音に目が覚めた。
『……え? どんな夢だったかなぁ。忘れたけど。怖い夢だったってのだけは覚えてんだけどね。まあいいか。ははは。じゃあ、俺もお仲間だったということで、次のハガキね。え~と、うちのオカン最悪です、エロ本整理されました、っていきなりだなオイ』
ラジオに飛びついてボリュームを上げる。
けれどエロ本談義の次はこの夏コンサートでやって来る大物外人の話題で、その後も二度と夢の話は出なかった。
やがてコマーシャルが流れ始め、地元のカジュアルショップの名前が連呼されているのを聞きながら私は、この街で何かが起こりつつあるという正体不明の予感に、足元を揺らされているような恐怖を感じていた。

怖い夢を見ていた気がする。
目覚まし時計を止め、あくびを一つしてから身体をベッドの上に起こす。

いつもはエンジンの掛かりが遅い私の頭が、今は急速に回転を始める。
思い出せ。
どんな夢だった?
暗いイメージ。嫌な。嫌なイメージ。怖いイメージ。
テーブルに置いてあったノートを広げ、ペンを持つ。
コツ、コツ、コツ、と叩いてからやがてガクリとその上に突っ伏す。
駄目だ。
忘れてしまった。
やけに静かな朝だ。イライラする。リズムがない。リズムさえあれば思い出せたのに。スズメだ。スズメはどうして鳴かないんだ。
いきなりドアをノックする音が聞こえた。
ドキッとする。するより早く、胸の中に、サッと赤黒い暗幕が掛かった気がした。
「煩いな、いま起きるよ!」
自分でも思わぬ大きな声が出た。
その向こうで、わずかに開いたドアから母親の驚いた顔が覗いていた。

その日の朝ご飯どき、母親に乱暴な言葉遣いを説教されて一層不機嫌になった私は、学校でも朝からムカムカして気分が悪かった。
こちらに話しかけたそうな高野志保の遠慮がちな視線にもイライラさせられた。
水曜日の2時間目は美術だ。さっそくエスケープした私は、人の来ない校舎裏に直行した。
煙草でも吸わないと、やってられない。
深く息を吐いて、白い煙が青い空に溶けていくのを見ているとようやく気分が落ち着いてくる。
昨日から今朝にかけて起こったことを一つ一つ順番に考えてみた。