2年前の冬、夜の9時頃自宅から兄のアパートに向かっていた時の事です。



世田谷区の街灯の少ない暗い私道を、寒さで歯をガタガタいわせながら自転車で走っていると、

だいぶ先の方の民家の外壁に男の人が立っていました。



その男の人は冬なのに薄着で、壁に向かって立って上下に小刻みに揺れながら


「…ブツブツ…フフッ…ブツブツ…」


と笑いながら何か呟いていました。



(こんなに寒いのに外で何してるんだろう…)



そう思い、少しドキドキしながら男の人の脇をゆっくり通過しようとしました。



「…ぁぁぁ…ブツブツ……フフ…フフッ……ぁぁあぁ…」



恐怖で男の人の方を見る事が出来ず、心臓の音が聞こえるのではないか…

と言う位バクバクしながらも何事もなく通り過ぎました。



(なんだ、何にも起きなかったじゃん。)



興味本位で何の気無しに顔が見たくなり、振り返ってみました。





ッッ!!!!





たった2、3秒の間に壁際に居た男の人が通りの真ん中で、陸上のクラウチングスタートの構えをしていたのです。



ダッ


「…ァァぁぁァぁァァぁああアアああアあアアあああ!!!」



男の人がダッシュで叫びながらこちらに向かって来るのです!



声が聞こえたと同時に、私は無我夢中に自転車をこれ以上ないスピードでこぎ続けて逃げました。



あんなに必死に自転車をこぐ事は、今までもこれからもないでしょう。



声と走り来る音が止み、恐怖に震えながら自転車を走らせたまま振り返ってみると、

そこはいつもの暗い私道で男の人の影も形もありませんでした。



彼がこの世の人だったかどうかはわかりません。


ただ、あの時振り返らずにゆっくりと自転車を走らせてたかと思うと……。



もう2度とあの道は通ってません。