これは僕が小さい頃に体験した実話です。
もう10数年も前の話なので、所々記憶が曖昧な場面がありますがご容赦ください。
それでは…
僕は小さい頃(確か小学生に上がるか上がらないかぐらいの時期だったと思います。)、頻繁に怖い夢を見ていました。
少なくとも3~4日に一度。多い時は何日も連続で見る日もありました。
夢の内容はバリエーションに富んでいて、骨の牛車に乗った大鬼に追いかけ回されたり、
無人島で、映画に出てくるような大きなワニに食べられたり、
他にどんなものがあったか今となってはあまり覚えていないのですが、夢の内容は毎回違うものでした。
あまりにも怖い夢を見る頻度が高いので、母親に相談した事もあったのですが、
「あんたが普段から悪さばっかりしてるから、そんな夢を見るのよ!!」と、冷たくあしらわれて取り合ってもらえませんでした。
仕方がないので、自分なりに頑張ってみようと思い、夜寝る前に、
「どうか今日は怖い夢を見ませんように!!」と、祈りながら眠りについたりしていたのですが、全く効果はありませんでした。
それからも怖い夢を見続ける夜が何日もあったのですが、ある日ふと、
怖い夢を見る直前には必ず、「ある事」が起こるという事に気がつきました。
それは、普通の夢をみるとき、もしくは、夢を見ないときには決して起こらない現象でした。
その「ある事」を詳しく説明します。
今はもうそんなことはないのですが、当時の僕は怖い夢を見る直前には毎回、
一度意識が覚醒します(目を覚ますのとは少し感覚が違います。目を覚ます一歩手前のような感覚です。)。
そして意識が覚醒した後、身体が一瞬ふわりと持ち上がるような感覚に襲われます(身体と言っても肉体ではなく、幽体だと思います。
上手く説明できませんが、肉体の感覚と少し感じが違う
ので。)。
その一瞬の浮遊感の後、身体が一気に天井へと引き上げられ、気づいたらもう夢の中へと入っているのです。
その事に気づいた僕は、怖い夢を見ずに済むための方法を考えつきました。
あの天井へと引き上げられる感覚、あれは何者かが僕を怖い夢へと引き摺りこんでいるのではないか。
ならば、意識が覚醒し、身体の浮遊感を感じた瞬間に、近くの物に掴まり、
抵抗すれば怖い夢へ引き摺りこまれなくてすむ。と考えついたのです。
今考えると、なんてチープで馬鹿な考えなのでしょう。
その場しのぎではあっても、根本的な解決になるとは思えない方法だし、そもそも幽体で物に触れられるのかしらん。
しかし、幼く無知な僕には、それが一番の解決方法に思えてなりませんでした。
その名案を思いついてから、僕は毎晩、「あの感覚が来たら、すぐ近くの物を掴むんだ!!」と念じながら眠りにつきました。
僕が寝ているベッドには調度、
掴むのに手ごろな柵みたいなものが付いていたので、念のためその柵を掴みながら眠ったりもしました。
しかし、それからあの感覚はこちらの意図を察したかのようにパタリと止み、怖い夢もしばらく見る事はありませんでした。
「もう諦めちゃったのかな??」
「もうあの感覚は来ないんじゃないかな??」
そう思いました。
つくづく甘かったと思います。
ここまでこのお話を読んでいただいている方々は、この結果に少し落胆してしまうかもしれません。
何か禍々しいモノや、幽霊、妖怪の類いを期待していた方には先に謝っておきます。
期待させてしまって本当にすみません。
しかし、その時の僕にとっては、幽霊や、妖怪の類いよりもはるかに恐ろしいものだったのです。
その時僕が見たもの…いえ、正確には見ていないのです。何も…。
僕を引っ張っている「何か」。
部屋の天井。
逆さ吊りになっている状態なら不可思議なく見えるはずの自分の足。
それら全てが、見えない。
僕の視界には、ただただ暗闇が広がっていました。
本来なら見えてしかるべきそれら全てが、完全に闇に呑まれてしまっているのです。
天井まではいかなくとも、せめて自分の足が視認できれば、
あるいはその足に得体の知れない「何か」が付属してしまっていたとしても、その方がまだ安心できたかもしれません。
自分の半身が見えない。
それはつまり、僕の半身がすでに「あちら側」に「持って行かれている」ということではないか。
幼い僕が、あの状況で、そこまで思考を廻らせることができたかは定かではありません。
しかし、その時の僕は今までに感じた事のない、
そしてこれから先の人生でも感じる事はないであろう、未曾有の恐怖に囚われました。
何も見えなくとも、その「何か」が僕を引っ張ることを止めようとはしません。
それどころか、先程よりも勢いを増しているようにも思えます。
そう、今回は、今回ばかりは、僕が連れて行かれる場所が夢の中とは限らないのです。
例え夢の中であったとしても、そこから無事に帰してもらえるかどうか…。
僕は、抵抗することでこの「何か」を怒らせてしまった。
このまま連れて行かれたら二度と「こっち側」には戻ってこれない。
二度と家族の顔も見る事はできない。
そう思えてなりませんでした。
そう思わせるのには充分すぎるほど、「何か」が僕を引っ張る勢いは激しさをましていたのです。
僕はその暗闇を見ている事に耐えられなくなり、視界を元の位地に戻しました。
例え寝顔だったとしても、父の顔を見ることで、なけなしの勇気を絞りだそうとしたのです。
…しかし、
父の顔は見えませんでした。
それどころか、さっきまで布団を掴んでいたはずの僕の右腕も、布団も…。
僕の視界は360度、闇に包まれました。
この恐怖が、皆さんに伝わるでしょうか。
さっきまで確かに見えていたものが、いきなり見えなくなる恐怖。
そして、その中で想像すらつかない「何か」に引っ張られる恐怖。
しかし、まだ終わってはいませんでした。
僕の右腕にはまだ、掴んだ布団の感触が残っていたのです。
まさに絶望の中の一筋の光。
僕は半狂乱になりながらも、その感触を握り締め続けました。
「何か」が僕を引っ張る勢いは、すでに「引っ張る」よりも、「揺さ振る」と言えるほど激しくなっていました。
まるで怒り狂っているかのように。
ががががががががががががががががががががががががががが
ががががががががががががががががががががががが
がががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががっっ!!!
僕は叫びながら、必死に耐え続けました。
「嫌だっ!!行きたくないっ!!!助けてっ!!!!父さんっっ!!!助けてぇっ!!!!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああっっっ!!!!!」
それからどうなったのか、実は全く覚えていません。
気付けば、僕は仏さんの部屋の天井を眺めていました。
あれから時間はさほど経っていなかったのでしょう。
辺りは暗く、まだ深夜の様な静けさでした。
僕の身体は全身汗で濡れていて、
居間から聞こえる古時計の振り子の「カチッ、カチッ」という音が、一定のリズムで、僕の身体へと染み込んでいきます。
隣には、まるで振り子のリズムに合わせるかのように寝息をたてる父の横顔。
それらは、僕の先程までの恐怖心を優しく包み込み、僕の心を安堵に塗りかえてくれました。
「僕は耐え抜いたんだ……。帰って来たんだ…。こっち側に……。」
僕は安心感からか、再び眠りにつきました(と言っても、なかば気を失うような形だったのだと思います。)
その日以来、あの「何か」は来なくなりました。
今でも怖い夢を見る事はあるのですが、あの感覚はなくなりました。
仏さんの部屋は、未だにトラウマですが…。
あの夜のアレは一体何だったのでしょう。
今にして思い返せば、恐怖心が見せたただの夢だったのかもしれません。
しかし僕は思うのです。
いつかまた、あの感覚が来た時、僕はあの夜のように反応できるだろうか。
反応できたとしても耐えられるだろうか。
次こそ、「あっち側」の世界に連れて行かれるのではないか。
あの夜の事を思い返すと眠るのが怖くなる時があります。
このような体験をした人は僕の周りにはいません。
あれはただの夢だったのだと思います。
しかし、気をつけてください。
もし、もしもの話です。
睡眠中に意識が覚醒したら…。
そして、身体に浮遊感を感じたら……。
すぐに、「こっち側」のものなら何でもいい。
すぐに捕まってください。
そして、決してそれを離さないでください。
あなたが掴んだものは、おそらくあなたと「こっち側」を繋ぐ唯一の命綱。
それを離せば、あなたは「あっち側」に連れて行かれ、二度と戻ってこれないかもしれません……。
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